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大丈夫と言ってくれていた保育士さんの様子が変わり始める

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息子が保育園の頃の話は、少し前のことになるので記憶が曖昧な部分もありますが、鮮明に覚えているところから中心に記録を残していきたいと思います。

保育園へは2歳児クラスから入園をさせました。

入園前に保育園へ見学に行き、園長先生や保育士さんともお話をしました。 この時期はまだ3歳児健診も受ける前で、まだ大丈夫だろうと思っていた時です。

ですが、ちょっと落ち着きがないということ、言葉が遅いという心配があるということを園長先生にお話しをしておきました。

大丈夫という言葉

入園前に園長先生と保育士さんにお話しをした時に

「お母さん、気にしなくて大丈夫ですよ!最初はみんなそんなもんです。すぐに成長した姿をみることができますよ!」

と園長先生から心強いことを言ってもらえました。

息子は椅子にじっと座っていることは難しかったですが、一人でどこかへ行ってしまったりするようなこともなく、その時は言葉もまだほとんど出ていないのでおとなしく、周りからみると発達障害であるという感じにはみえなかったかもしれません。

たくさんの子供たちに接してきている保育士さんから

大丈夫という言葉をかけてもらえたので、私は少し安心していました。

順調だった最初の半年間

息子は保育園に入園して最初のころは嫌がらずに毎日通っていました。

たまに朝グズることもありましたが、大好きな先生の顔をみると笑顔になっていました。

2歳児のクラスではまだそんな子供はたくさんいます。

そんな様子を毎日みていて、やっぱり大丈夫という気持ちは続いていました。

先生からの連絡帳でも、楽しく遊びましたとか給食頑張って食べましたとか毎日悪いことは書かれていなかったので、保育園で楽しくしているんだなと安心していました。

参観日の時も、先生の話がきけていないのかいつも一人だけ行動が遅れてしまうのですが、同じクラスの子でよく泣く子がいて、参観日の時はお母さんから離れられないという子が一人いたので、その子に比べたら目立っていなかったこともあり、「うちの子マイペースだよねー」とお母さんたちと笑ってみている余裕がまだありました。

そうやって入園後半年くらいは平和な日々が続いていました。

そしてむかえた3歳児健診。

できないのはうちの子だけ?

3歳児健診でのやる内容はいくつかあったと思いますが、その日はあまりに大変すぎて何をやらなくてはいけなかったのはよく覚えていません。

ただひとつ覚えていることは…

何もできなかったこと

3歳児健診会場へ着くまでは息子はご機嫌で、ちょっと遊びに行くくらいの気分だったのかもしれません。

ですが会場へ着いて、いつもとは違う空気を感じとったのか、顔の表情がなくなっていく様子を覚えています。

それからはずっと泣きっぱなしで、少し落ち着いて健診項目をやろうとすると、さらに泣いて大暴れをし、私は息子を押さえつけているだけで精一杯でした。

その時の私の気持ちは

このままでは普通の子扱いされなくなってしまう

という今まで心にしまっていた不安な感情が爆発しそうだったと思います。 周りをみても、こんなに大暴れして泣いているのはうちの子だけでした。

結局これをきっかけに、療育へ通うことになります。

療育へ行く経緯や療育での様子はまたあらためて書きたいと思います。

保育園へ伝えたことで楽になる

3歳児健診のことと、療育へ通うかどうする悩んでいることを保育園へもお話をしました。

その時の先生の反応は、ビックリというよりはやっぱり…という感じだったのです。

今まで保育園からはそのような指摘をされたことがなかったし、入園時に大丈夫と声をかけてくれたことで安心していた部分があったので、私はすごくショックでこれからどうなるんだろう…という不安な気持ちでいっぱいでした。

私自身はまだ認めたくないというのがあり わざわざ療育へ行く必要があるのかと相談をしたのですが

保育士さんから「ぜひ行ってください!」と言われたのです。

今まで何も言わなかったのか言えなかったのか、息子の行動や様子を話はじめました。

みんなと同じ行動ができないこと。 話をする時に視線が合いにくいこと。 お友達とのかかわりができないこと。

などなど…

え!そうだったの!?と私は驚きましたが

でも先生からの話をきけたことで気持ちは楽になりました。

それ以降は先生から、気になったことは連絡帳や電話などしてくれて、保育園での様子も細かく報告をしてくれるようになりました。 私も息子の家での様子や気になることは、保育園へ連絡を入れるようになり、今まで見ないように、考えないようにと思っていた部分を客観的にみれるようになってきました。

そんなことを日々続けているうちに、本当の息子の姿を受け入れられるようになってきたのかもしれません。